仕込み水で酒質は変わるのか|灘の宮水と広島の軟水
公開:2026/08/30
日本酒の成分の約80%は水です。米や酵母の話に比べると地味ですが、 分量でいえば水が主役だと言っても間違いではありません。
「名水のあるところに銘醸地あり」という言い方があります。 ただ、これは「きれいな水だからおいしい」という単純な話ではなく、水に溶けているミネラルが発酵の進み方を変えるという、 もう少し具体的な仕組みの話です。
硬水と軟水で何が変わるのか
水の硬度は、カルシウムとマグネシウムの含有量で決まります。多いほど硬水です。
酵母や麹菌にとって、カリウムやリン、マグネシウムは栄養分にあたります。 これらが豊富な水を使うと発酵が力強く進みます。 逆に少ない軟水では発酵が穏やかになり、ゆっくりと進みます。
一方で、鉄分は日本酒にとって大敵です。 鉄はアミノ酸と結びついて酒を褐色に変え、香味も損ないます。 酒造用水の基準では、鉄分は極力少ないことが求められます。 名水と呼ばれる仕込み水は、ミネラルが豊富であっても鉄が少ないという条件を満たしています。
灘の宮水
兵庫県西宮市で採れる「宮水(みやみず)」は、日本酒の水として最もよく知られたものです。
1840年頃、灘の酒造家である山邑太左衛門が、 自分の持つ西宮の蔵と魚崎の蔵で酒の出来に差があることに気づき、 原因を探った結果、水にあると突き止めたと伝えられています。 以来、西宮の水を灘の各蔵へ運んで使うようになりました。
宮水はリンとカリウムを多く含み、鉄分が非常に少ないという特徴を持ちます。 発酵が旺盛に進むため、しっかりした辛口の酒になりやすく、 これが灘の酒が「男酒」と呼ばれてきた背景です。
伏見の水と「女酒」
京都・伏見の水は、灘と比べると軟水寄りです。 発酵が穏やかに進むため、口当たりの柔らかい酒になりやすく、 灘の男酒に対して「女酒」と呼ばれてきました。
この対比は江戸期から語られてきたもので、今の酒質をそのまま説明するものではありません。 技術が進んだ現在では、水の性質は「打ち消せない前提」ではなく 「設計の出発点」として扱われています。
軟水でも吟醸は造れる
水の性質が決定的だった時代を変えたのが、広島の三浦仙三郎です。
広島の水は軟水で、当時は「良い酒ができない土地」とされていました。 発酵が進まず、腐造(造りの失敗)も多かったといいます。
三浦は明治期に試行錯誤を重ね、麹の作り方と温度管理を工夫することで、 軟水でも安定して発酵させる方法を確立しました。これが軟水醸造法です。 その後、広島は吟醸酒の産地として知られるようになります。
三浦が残したとされる「百試千改」という言葉は、 百回試して千回改める、という意味で今も引用されています。
いま水をどう考えるか
現在は、水質を分析したうえで必要な調整を加えることも、 温度管理で発酵の速度をコントロールすることもできます。 水が酒質を一方的に決める時代ではありません。
それでも、その土地の水を使って造るという前提は変わっていません。 産地ごとの傾向を見るときに、水は背景として押さえておく価値があります。
産地別の実際の数値は東日本・西日本の解説にまとめています。 各県の平均日本酒度や酸度は、それぞれの都道府県ページからも確認できます。
味わいから銘柄を探すなら、トップページの検索が便利です。香りの強さや甘辛をレーダーチャートで比べられます。
この記事を書いた人
メカとら人事 × DX / 日本酒好き
人事の仕事のかたわらデータ分析とDXに取り組んでいます。日本酒好きが高じて、 7,900件を超える銘柄データベースを個人で作りました。旅先の酒屋や市場で地酒を買うのが趣味です。